もし“お墓”がなかったら、日本人の供養はどうなっていたのか?
最近、「墓じまい」という言葉を耳にする機会が増えました。
私がこの業界に入った頃は、まだそこまで一般的な言葉ではなかったように思います。
けれど今では、多くの方が一度は考えるテーマになりました。
では実際に、どれほど増えているのでしょうか。
墓じまいは本当に増えているのか
厚生労働省 の「衛生行政報告例」によると、改葬件数(いわゆる墓じまい)はこの10年で大きく増加しています。
- 2013年:約8万件
- 2018年:約10万件
- 2022年:約15万件
およそ10年で、ほぼ2倍。
数字だけを見ると、時代が確実に動いていることが分かります。
でも、それは“供養離れ”ではない
一方で興味深いのは、
Google の検索動向を見ると、
・永代供養
・納骨堂
・樹木葬
といった言葉は増加傾向にあることです。
つまり、
「供養をやめたい」のではなく、
“形を見直したい”と考える方が増えている
ということなのかもしれません。
増えている背景にある現実
実際にお客様からよく伺うのは、
「子どもに負担をかけたくない」
「年金暮らしで維持費が不安」
「遠方でなかなか通えない」
といった声です。
総務省 の統計でも、高齢化率は過去最高水準を更新しています。
家族の形も変わり、単身世帯も増えています。
これは決して、
ご先祖さまを大切に思わなくなったわけではありません。
現実と向き合った結果の選択なのだと思います。
もし、お墓がなかったら――
ここで、少しだけ考えてみます。
もし、日本に「お墓参り」という習慣がなかったとしたら。
私たちは今のように、自然と手を合わせる文化を持てていたでしょうか。
お盆やお彼岸に家族でお墓へ行き、草を取り、花を供え、静かに頭を下げる。
その時間の中で、
・自分は一人で生きているわけではないこと
・命がつながっているという感覚
・感謝するという姿勢
そういったものが、
ゆっくりと育まれてきたのではないでしょうか。
お墓参りは、単なる習慣ではなく、
自分のルーツを確かめる時間
でもあったのだと思います。
もしそれがなかったら、
命のつながりを意識する機会は、少なかったかもしれません。
お墓が無かったら、もしかすると日本人の精神は
今より少し“個”に寄っていたかもしれません。
けれど実際には、
私たちは何世代にもわたって
手を合わせ続けてきました。
その積み重ねが、
今の日本人らしい謙虚さや思いやりの一部を
形づくってきたのではないかと、私は感じています。
それでも、形は変わっていく
時代が変われば、お墓のあり方も変わります。
大きく立派な墓石でなくてもいい。
管理が少しでも軽くなるようなシンプルなお墓でもいい。
大切なのは、
・無理なく続けられるか
・家族の価値観に合っているか
・次の世代に負担が少ないか
・それでも、手を合わせる時間があるか
これからは
「持つ・持たない」ではなく、
“どう在りたいか”を考える時代なのだと思います。
笑創としてお伝えしたいこと
私たちは、お墓を建てることが唯一の正解だとは考えていません。
けれど、
何も考えずに手放してしまうのは、少しもったいないとも思っています。
お墓は石でありながら、
家族の歴史であり、
想いのかたちでもあります。
どんな選択をされるにしても、そのご家族が納得できる形であること。
そして、
命をつなぐ時間だけは、
これからも残していけること。
それが、私たち笑創の願いです。


